20万打企画 Vol,31









Her remarks set his face.









彼が彼女にそのような発言をする日がくるだなんて、

きっと誰も予想をしていなかっただろう。

彼の友人であるヤマトも、後輩の光司郎も、妹のヒカリや、

その彼氏であり太一を尊敬するタケルすら。

彼…八神太一の発言に驚きを隠せはしなかった。









そして何より、言葉を向けられた彼の幼馴染

『武之内 空』

彼女自身が驚きを隠せずに、大きな瞳をぱちくりさせていた。









「太一?」

空はもう一度、彼の目を覗きこみ彼の名前を呼ぶ。

太一はもう一度、同じ言葉を彼女に告げた。

「もうサッカーはやめるんだ、空」

繰り返された言葉は先ほどと一字一句変わってはいない。

考えを変えるつもりはないのだろう。

やっと理解し、頭の中を整理させた空はすぐさま反論を開始した。









「どうしていきなりそんなこと言うのよ?!  それに、太一にそんなこと言われる筋合いなんてないわ!」

「いいから、やめるんだ」

繰り返される強い口調の太一に、空は言い返す言葉を見つけられずに彼を睨むばかりだった。

先ほどできたひざの傷と、昨日試合で作ってしまった腕の傷が冷たい空気に触れて痛む。

しかしそれよりも強い痛みが、彼女の心を突き刺した。









武之内空は、中学校に入ってから正式にサッカー部には入部していなかった。

しかし、時々助っ人という形で試合に呼び出され、

結局中途半端なのは嫌だと彼女が希望し、練習も参加する日々が多かった。

よって、部員ではないものの、マネージャーよりも部活に時間を費やしていた。

今月も、第一日曜日に同じ市内の学校と試合が決まっていた。

普段のレギュラーで試合を行うはずだったのだが、

前日になってキャプテンであった女子が階段から落下し、大怪我をしてし

まったため試合に出られなくなってしまった。

しかし、女子サッカー部には試合に出られる人数ギリギリしか部員がいない。

なので、土曜日の夕方に武之内家に女子サッカー部の顧問から連絡が来たのだ。









「明日の試合に、出てくれないだろうか?」と。

当然空にそれを断る理由などない。

助っ人など今に始まったことではないし、サッカーは好きだ。

幼い頃から、ずっと好きだった。だから空は喜んで、それを引き受けた。

後ろで立ち聞きをしていた母が

心配そうな瞳を向けていた事に少しだけ心を痛めながら。

それでも、しっかりと「はい」と答えたのだった。









そして当日。試合は試合終了十分前で、空がとった一点と、相手側の二年生が取った一点の同点であった。

相手側もこちら側も、そろそろ息が切れ始める。

ここで一点取れば。そして後十分とない

時間を死守すれば自分達の勝ちとなる。

残り五分。空のもとに、チャンスが訪れた。

サッカーボールを蹴り続けながら、ゴールへと一直線に向かう。

途中でそれを阻止しようとしてくる相手チームの足を避けながら

最後の力を振り絞って、サッカーボールをゴールへと決めた。

残り三分。二対一で、空のいるチームが逆転した。

あとは、彼女がきめたこの一点をひたすら護るだけだ。

チームメイトに更に強い炎が宿る。

絶対に勝ってみせるという、スポーツをやっている人間としての意地とプライドだった。

しかし、問題が発生した。シュートをきめた時、勢いで宙に浮いた空の体。

それが、着地に失敗し腕を強く痛めたのだった。









「ッ!」

耐えられない痛みではなかったが、出血が激しかった。

当然空は、試合からはずされる。

人数が少なくなってしまったが、減っているのは試合時間も同じだ。

空の分まで。空のためにも。一致団結したその思いは、試合での勝利を導いた。









怪我は擦り傷と打ち身程度のもので、スポーツにはつきものであると彼女は笑った。

助っ人として頼んでしまった顧問が、事情を説明するためにその日

空を彼女の家まで送り母親に説明をした。

彼女がいてくれたから、勝利をつかめたことも。

以前の母なら…あの冒険をすることなく、心を打ち解けあうことのなかったら

きっと言ってくれないであろう言葉が母の口から空に伝わる。









「よく頑張ったわね。けど、無茶はやめなさい」

それは決して優しさだけの言葉ではなかったが、彼女は嬉しかった。

それが母親の愛情だと、今はしっかり理解しているから。

その日の晩、彼女は心地よい眠りについた。

試合は無事勝利し、母には褒められたとは言いがたい

が、しかしそう受け止められるような言葉を聴いた。

痛みを忘れるほど、空は嬉しかった。

そんな彼女の小さな幸せを一瞬で打ち砕いたのは

彼女の幼馴染であり、彼氏でもある八神太一だった。









「空! お前、昨日助っ人として試合に出て怪我したって?!」

空の気持ちがはれていたせいか

彼女は初め彼が小さな憤りを抱えていることに気づかなかった。

昨日の勝利。そして、今朝顧問に頼まれた来週の試合。

階段から落ちてしまった彼女の復帰は見込めないので、出てくれないか? 

と、今朝一番に顧問に頼まれた。

だから今空はこうして、女子サッカー部と共に練習をしていたのだ。









月曜日の放課後。

太一に空は、いつもと変わらぬ表情で、いつもよりご機嫌な声を返した。

「うん。あ、でもたいした怪我じゃないのよ?

ただの擦り傷程度だし。もう出血も止まったから」

「たいした怪我じゃねぇって、でも包帯してんじゃねぇか!」









太一の普段よりも強い口調に空は驚く。

不思議にも思ったが、しかし怒られるようなことをした覚えはない。

むしろ、同じサッカー仲間としては勝利をつかんできたのだから少しくらい

褒めてくれてもいいのでは? と思うほどだ。

本当は。誰よりも、太一に喜んでほしかった。

「おめでとう」とたった一言いってくれれば…。









「大げさに見えるだけよ。何で太一は怒ってるのよ?」

意味が分からない。

けれど、それは彼が怒ってることに対してというよりも

彼を怒らせている理由がわからないことに。それが腹がたつ。









「空、お前サッカー部じゃねぇよな? それなのに、怪我までして。なのにまだ試合に出るきか?

もう、やめるんだ」









空の思考回路は停止した。

まさか、彼からそんな言葉を聞く日が来るとは思わなかった。

太一の口から、サッカーを止めろだなんて言われる日がくるとは。









「何で太一にそんなこといわれなくちゃいけないのよ?!

続けるか続けないかも、助っ人を引き受けるか否かも私がきめる!」

頭にかっと血が上った空は、勢いがまま太一に喧嘩口調で怒鳴り当たる。

しかし彼は冷静だった。

「部活にも入らないで、そんな中途半端に続けて。それで意味があるのか?」

「…ッ!」

太一が指摘したことは確かに事実であり、空も気にしていたことだった。

それなら、と空はキッと太一を睨みつけ発言した。









「ならサッカー部に入る! そうすれば中途半端だなんて言わせない!!」

空の発言で太一の表情がこわばった。

「本気で言ってるのか? 空」

「本気よ」

まっすぐ見つめてくる太一の瞳を、まっすぐ睨み返す空。

「お前、本当にいまさら運動部に入ってちゃんとついていけると思ってるのか?」

「馬鹿にしないで。ちゃんと入部はしてなかたけれど、体は怠けてないわ」

周りの人々がざわめきはじめる。

空と太一の会話が、少しずつ良くない方向に進んでいくのが感じられた。









「おい太一。少しは落ち着け!」

先に止めに入ったのはヤマトだった。

「そうですよ。空さんも、冷静になってください」

彼に便乗し光司郎も仲裁に入るが、あまり意味はなさない。

もともとこの二人の間に入れる人間などいないのだ。

まして、サッカーのこととなればそのレベルは別格もの。

最強のツートップとはまさに今喧嘩しているこの八神太一と武之内空のことなのだから。









「お兄ちゃんどうしていきなり…」

不安を感じているヒカリは、胸に手を当て小さくもらす。

太一のシューズを届けるためにたまたま中学校に来ていたのだが

まさかこんな場面に出くわすとは想いもしなかった。

付き合って一緒に来たタケルも、初めは不思議そうにして見ていたがしかし。

ヒカリの呟きには「僕は太一さんの気持ち、少しだけ分かるかもしれない」と答えた。

「え?」

どういうこと? とヒカリが聞き返そうとしたとき

ヤマトが大きな声で太一を度奈手いるのが聞こえた。









「太一、お前正気か?! 本気で空相手に1対1でやるきか?!」

「あぁ。俺からシュート1本でも取れば、入部認めてやるよ」

「太一さん! いくらなんでも空さんは…!」

光司郎がなんと言おうとしたのか、空には分からなかった。

その言葉の上から、自分の言葉を重ねたから。

潰されてしまったそれこそが、太一の本音だったというのに。









「いいわよ! 受けてたつわ!!」

「空!!」

今度はヤマトが空を止めようとする。

まさか普段冷静でまとめ上手な彼女が、こんなにも易々と太一の挑発にのるとは。

光司郎も慌てて空を止めようとするが、彼女は聴きもしない。

太一も止めに入る二人を気にしなかった。









「お前は怪我してるかな。ハンデ代わりに俺は利き足は使わねぇ」

「ハンデなんていらないわよ」

「お前が怪我してるのも利き足だろ? ならこれお互い様だ」

ハンデなしで戦わなければ意味がない。

そうでないと、彼女はきっと気づいてくれない。









「いいんじゃないですか。やってみれば」

「?」

「タケル!!」

今まで気づいてなかったのだろう。タケルが話しかけ、二人の存在に気づく中学生達。

「僕は、1度太一さんと空さんは真正面から戦ってみるべきだと思います」

「な、なに言ってるんだ! タケル!!」

「それで気づくこともあるはずだ」

ヤマトは目をパチクリさせ、タケルをただ呆然と見続けた。

だが光司郎は、今のタケルの言葉で何か感じたのだろう。

小さく、しかししっかりとうなづいた。









「そうですね。それも、いいかもしれません」

「光司郎!!」

いきなり反対派を裏切られヤマトは更にあせる。

しかし光司郎はそんなヤマトを気にもせず、ヒカリからシューズをとる。

「これ、太一さんのですよね?」

「え、あ。はい」

光司郎の突然変異に、ヤマトと同じ反対派であるヒカリは驚いた。

あっというまに手の中に納まっていたシューズは彼の手元へ。

そして宙へとまった。









「太一さん! シューズです!」

「おう、サンキュウ」

パシッ! と片手でそれを受け取った太一はまっすぐ空をみつめる。

「んじゃ、はじめるぞ」

「えぇ」

これから最強ツートップの二人が、1対1のゲームを始める。

たくさんの人の不安も知らずに。



あまりにも長くなったので続きます。すみません。
喧嘩話は苦手なのでなかなか執筆が進みません>< 早くメインまで行きたい!